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小平の昔話

更新日: 2021年(令和3年)1月1日  作成部署:企画政策部 秘書広報課

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小平の昔話を、タマおばあさんに語ってもらう形で、紹介します。

 

矢(や)の根石(ねいし)

矢の根石のイラスト

わたしがまだ小さかったころは、小平はほとんどが畑と雑木林だったんだよ。
この辺りの土はさらさらで、石が混じっていることなんてほとんどないんだけど、たまに三角の小さな石が落ちていたの。
それが、大人の親指の先ぐらいの本当に小さくて、うすべったい石なの。
おじいさんは、「これは矢(や)の根石(ねいし)だよ。小平は古戦場だったから、そういうものが落ちているんだ。鍬(くわ)の刃が欠けたら大変だ」と言って、畑の隅にすぐ捨ててしまったんだけどね。

矢の根石は、矢の先につける石(矢じり)のことなんだよ。
何百年も前、新田義貞というお侍が鎌倉幕府を攻めるときに、この辺りを通って行ったそうだよ。
新田義貞は途中でいろいろな戦いをして、国分寺にあった武蔵国分寺も、焼き打ちしてしまったんだって。
矢の根石はその時のものだよって、言われたから、わたしは何十年も信じていたんだけど、それが間違いだってわかって驚いたんだよ。
鈴木遺跡資料館へ行ったら、矢の根石と同じものがあってね。
そこで教えてもらったんだけど、石の矢じりを使っていたのは石器時代で、新田義貞のころは、もう金属の矢じりだったそうだよ。
だから矢の根石は4,000年も5,000年も前のものなんだってね。
石器時代の人がこの辺りで狩りをして、放った弓矢の先なんだって。
資料館には大昔の石器もあって、獲物の皮をはいだり、切ったりするのに使ったんだってね。
そういえば、畑の中から、そんな石も出てきたことがあったよ。
その時は、ただの石ころだと思ったけど石器だったのかもしれないね。

小平では大根をたくさん作っていてね。
石が土の中にあると、大根が大きくなるときに当たって、二またや三またになったりするんだよ。
そうなると売れないし、硬くなって味も悪いんだよ。
それでそんな石はみんな、畑の隅に捨ててしまったの。
石を捨てた辺りには家がたくさん建ってしまったから、もうとっくに無くなってしまったよね。
残念なことをしたよ。

亥(い)の子(こ)のぼたもち

大根といえば、こんな話もあるんだよ。

昔、この辺りには亥(い)の子(こ)さまという大きなイノシシがいたんだって。
亥の子さまには9匹の子どもがいて、やんちゃで暴れん坊だったの。
畑にやってきては、作物の芽を踏みつぶしたり、大根や芋をかじってしまったり、それはそれは大変だったんだよ。
この辺りはみんな、農家だったからね。
作物を荒らされて、困ってしまって、とうとうみんなで相談したんだって。
いつもこんなに畑を荒らされたら、仕事をする気にもなれない、どうしたらいいものかって。
それで、ぼたもちをこさえて、亥の子さまに畑で悪さをしないように、お願いに行くことにしたんだって。
どうか、このぼたもちを食べて、大事な畑を荒らさないでくださいって。
亥の子さまに願いは通じてね、それからは作物が荒らされることはなくなったの。
それで、毎年11月9日になると、ぼたもちを作るようになったんだよ。
亥の子さまの子どもは9匹だから、9つの大きなぼたもちを作って、重箱に詰めるの。
それを畑に持っていくんだよ。

うちでは、そのぼたもちを畑に置いてきたんだけど、そのまま持って帰る家もあるんだよ。
知り合いの家では、ぼたもちを大根畑に持っていって、畑の周りをぐるっと回るそうだよ。
そうすると大根がぼたもちを見たくて、ぐいっと首を伸ばすんだって。
大根がぐんと大きくなって土から持ち上がるんで、抜きやすくなるってことだね。

ほかにも、ぼたもちをみんなで食べている音を聞かせると、それを食べたくて、首を伸ばすっていう家もあるよ。
そのときにね、「米かえ、粟(あわ)かえ」って、大声で聞くんだって。
「米だよ」って答えると、大根が首を伸ばすんだって。
だけど、粟で作ったぼたもちだと、大根が首を引っ込めちゃうんだって。
それで、この日を「大根の年取り」って言ったんだよ。

お雑煮(ぞうに)とごはん

小平のお雑煮(ぞうに)は、しょうゆ味なんだよ。
おもちは四角で、焼いたり、焼かなかったり。
それから自分ちの畑の大根やにんじん、里芋、小松菜なんかを入れるんだよ。
おもちは陸稲(おかぼ)のもちだったの。
小平は水が不自由で、田んぼがほとんどなくてね。
陸稲っていって畑で育つ稲を植えていたんだよ。
陸稲の米は、田んぼの米に比べて、ぱさぱさして粘りけが少ないの。
だからもちをついても、あんまり伸びなくて、今のようには、おいしくなかったね。
それでも、おもちはごちそうだったんだよ。
もち米は、ごはんに炊くうるち米より、とれる量が少ないから、それだけぜいたくだったんだね。
だからお正月にしか食べられないお雑煮は、本当にごちそうだったの。

ごちそうといえば、白いごはんもごちそうだったの。
白いごはんは月に1・2回しか食べられなくて、ふだんはお米に大麦を混ぜて食べていたでしょ。
それも大麦の方が多いくらいだから、ぽろぽろのごはんだったよ。
お正月になると、朝はお雑煮で、昼は真っ白なごはんを食べられるんだから、とても楽しみだったの。

(注)市報こだいら2006年1月1日号から抜粋。

市報こだいら2006年1月1日号 こだいらちょっとむかし(PDF 514.2KB)

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